ドライバーズハイ

ここ数年、ドライビングトレーナーが仕事の一部となった。
自社や関連会社の従業員を対象に、自動車メーカーやグループ内のドライビングライセンスを取得できるよう指導している。

トレーニーには新入社員もいれば、中堅社員もいて、運転の経験と技量は様々だ。
「マニュアル車は教習所でしか乗ったことがありません」
「サーキットを走ったことがあります」
「運転はたまにレンタカーに乗るぐらいです」
などなど。

過日、一人のトレーニーの指導にあたった。年齢は三十代であり、サーキットを走った経験はないものの、レース観戦をしたことがあるのだそうで、どうやら運転に興味があるらしい。

初日は座学に始まり、睡魔と思しき影が見えたところでテストコースへ。
サイドシートに彼を乗せて、テストコースの案内を。つづけてスポーツドライブに入り、悲鳴にも似た歓声が上がり、睡魔をやっつけると再び座学に戻り、この日は終了。

二日目はシートポジションの確認を済ませると、いよいよ実技へ。
定速走行、次にスラローム走行へとレッスンを進めていくと、運転の技量が見えてきた。ミスをしながらも修正が早く、筋がいい。

サーキット走行ではコースレイアウトの習熟から始め、少しずつペースを上げていく。
ドライビングの問題点を指摘すると、周回を重ねる度に改善していき、目標のペースに達した。

車から降りるなり、目を見開き、頬を紅潮させて「いやー、楽しいっす」と。ランナーズハイではない、ドライバーズハイの状態にあった。
いつもパソコンの前で難しい顔をしている普段の彼とは大違いだ。

走行を終えると「明日、もっと走りたいので開始時間を早められませんか?」と持ちかけられた。
その意気やよし。遅寝は苦手だが、早起きは得意なのであって、断る理由などない。

迎えた最終日。氷上に相当する滑りやすい特殊な路面でドリフトコントロールの習得だ。
YouTubeでラリードライバーの走行映像を見てきたというのだから、やる気が窺える。

滑る路面に手こずり、スピンを繰り返し、コース上に留まっているのがやっとだ。無理もない、難しいことをやろうとしているのだ。
ドライビングのどこに問題があるのか、まずは本人が考えて、トライアンドエラーを繰り返す。すると徐々にコツを掴み始めたのか、スピンの頻度が下がってきた。

ここで運転を交代し、ドリフトとスピンの両方を走って示すと、ステアリング操作の違いに気づいたようだ。

再度、運転を交代。なんとかドリフト状態に持っていくことができるようになり、あとはリアタイヤのスライドを維持できるようになればいい。
より細かくアクセルを操作するようアドバイスすると、ついにドリフト状態のままコースの1/4ほどを走れるように。

「なによもう、できるじゃない、上手いじゃないの」―― どういうわけか ”おねえ言葉” を発する自分がいた。

それはたとえば、開けたことのない扉を開けてしまったとか、開けた箱から新しい世界が広がったとか、そういうことではない。付け加えるなら身振り手振りの指導に、小指は立っていなかったように思う。

コースアウトしそうになったり、スピンしかかったり。手に汗握る、トレーニーの限界走行にこちらもドライバーズハイになっていたのだった。

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