冬が近づくと一着の白いダウンコートを思い出す。
どうしてあの日に限って、毎日のように見ていたダウンコートの前で足が止まったのだろうか。
ハンガーラックに並ぶジャケットやコートに押しつぶされるかのようにそのダウンコートはかけられていた。
きれいなダウンコートをじっと見ていると、袖口のあたりがうっすらと黒ずんでいることに気付く。
ダウンコートの主は、汚れに気付いていながらそのままになっていたのだと思う。
いつも誰かに尽くし、自分のことには目もくれずにいる人柄を僕は知っている。
自分を犠牲にするその姿が頭の中で何枚もの画になると、胸のあたりにたしかな温度を感じた。
ダウンコートに呼ばれたかのように立ち止まった理由は説明がつかず、答えのない問いに今夜も思いを巡らせる。
主の人となりを表したあの白いダウンコートは忘れがたい。