同僚から声をかけられた。
「ヤツミ、君にいい知らせがある」
「なに?」
同僚について行くと、オフィスの片隅にドライビングシミュレータらしきものがどっかりと。
レース用のバケットシート、アクセル、ブレーキ、クラッチの各ペダル、マニュアルトランスミッションのシフトレバー、ステアリングには各種スイッチ類までも。
なにやらオンライン・レーシングゲームらしい。
楽しむことがなにより大事な彼らのこと、仕事を忘れて遊びたいのかと思ったら、来るべき日に備えて用意したのだという。
乗用車の開発業界でドライビングシミュレータが開発ツールとして、どれほど利用されているものか定かではないけれど、モータースポーツ、中でもF1ではドライビングシミュレータが開発ツールとなって久しい。チームによっては、シミュレータ専門のドライバーも存在する。
「ヤツミ、君がシミュレータ専門のドライバーになることはないとしても、こうしたシミュレータをドライブすることが仕事の一部になる日が来る。君の経験が自動車の開発に活きることも、開発ツールを作る上で活きてくることもあるかもしれない」
「いや、僕はこういうのは苦手なんだよ」
「たしかに実車とは違うし、はじめは難しく感じるだろうけど、練習すればできるようになるから」
背中を押されて試走してみると、コースアウトもクラッシュも、おまけに逆走までして大暴れだ。
ステアリングから伝わる振動や反力、各ペダル類を踏んだ時の感覚も実車のそれではないよ。スピード感もないしね ―― ともっともらしい言い訳を苦し紛れに。
この類のものはとにかく苦手だ。
つづく