日本語を使わなければ言語力は衰えると再開したブログであるけれど、衰えを心配すべきはほかにもあった。

先日、同僚と昼の休憩時間に中華料理店に入った。
オーダーを済ませると、同僚がはにかみながら話した。「チョップスティックを上手く扱うのは難しいよ」と。
微妙な指使いを必要としないスプーン、フォークにナイフを常用するアメリカンな彼ら彼女らにとって、箸の扱いを難しく感じるのも頷ける。

料理が運ばれてきた。
普段、同僚に話したいこと、聞きたいことはあれこれあっても、英語に不自由する僕はどうしても口数が少なくなる。
影の薄いであろう僕の出番らしい出番だ。ここで高度な箸使いを見せて、同僚を驚かせようと考えた。
リアクションの大きな彼らのこと、箸の先で器用に米一粒をつまみ上げたなら、喝采を浴びられる気がした。

ところがである。米粒は皿の上で逃げに逃げた。なんど試そうとも箸が滑ってつまめないのだ。
「あれ、おかしいな」―― 日本語が口をついて出た。
あざ笑うとはこのことか。逃げ回る米粒にあっかんべーにも似た屈辱を覚えた。

これ以上つづけたなら、恥の上塗りになる。
「このライスはちょっとオイリーだね。チョップスティックとの相性もよくないみたい」、などとつまらぬ言い訳をすると、同僚から女神様のような優しい笑顔が返ってきた。
神とは知らずに、自分の非を認めず、米と箸のせいにした僕は愚か者だ。

箸を使い、食事をしたのは日本を発つ一月末以来のことだった。
「しばらく食べられなくなるから」と成田空港で機上前にざるそばをたぐり、マイチョップスティックを持たずに来たとは夢にも思わずアメリカに入国したのだった。
あれから早二ヶ月、箸使いは退化していた。

女神様御一向と職場に戻り、仕事を早々に切り上げると箸を求めてアジアの雑貨を扱う店に車を走らせた。
箸はすぐに見つかった。残念ながら箸置きはなかったけれど、それは一時帰国した時に探すことにする。

そして箸使いのリハビリがはじまった。

 

C011

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