日本を離れる前に、職場でこんなことがあった。
昼食を済ませて、上階まで上がり、会社の裏口へとつながる通路を歩いていると、向こうから他部署の同僚が歩いてきた。
彼とはこれまで話をしたことはなかったものの、互いに知らない顔ではなく、にこやかに話しかけられた。
「君はバスケットボールをするのかい?」
「え? しないよ」
バスケットボールとはン十年ご無沙汰だ。
「けど、君のデスクにボールが置いてあるよね?」
「いや、置いてないよ」
たしかに僕はボールなど置いていなかった。
「あの青いのだよ」
「ああ、あれね」
それはヘルメットだった。
「あの青くて丸いのはヘルメットなんだよ」
「ボールじゃないのか・・・」
藍色のカバーに覆われたヘルメットは、言われてみるとその大きさといい、形状といい、遠目にボールに見えないでもない。
その時の彼のがっかりとした表情といったらなかった。表情豊かな彼らは、喜びも哀しみもわかりやすく伝えてくる。
期待値は低くなかったのだろう。カリブ海に浮かぶ小さな国からやってきた彼は、異国の地でバスケットボール仲間を見つけて、一緒に楽しみたかったのだと思う。
バスケットボールはしないよ、ボールではないよ、と何も考えずにあっさり返した僕は浅かった。今さらながらに悪いことをした。
帰国したら彼に声をかけて、仕事のあとにでもどこかの体育館でお供したいと思う。
ボールをゴールの真下から投げようとも、ジャンプして投げようとも一向にシュートの決まらないバスケットボールよりも、ゴールマンが広い心と守備範囲でしっかりとボールを受け止めてくれるポートボールの方が、少しは相手になれそうな気がするけれど。
優しいね。カリブから来たとは珍しい。バスケ好きはアメリカ経由かな。カリブならサッカーのイメージだもんね。
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YASHさん コメントありがとうございます。いえいえ、とにかく悪いことをしてしまったものですから。バスケがへたっぴで相手になれなくても、コートの予約や片付けなら僕にもできそうです(笑)。
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